「今さら聞けない」「今だからこそ聞きたい」探究をめぐる素朴な疑問のあれこれに一つひとつ向き合っていく連載、ここからは何回かに分けて「探究って大学受験に役に立つの?」という素朴な疑問への答えを探していきましょう。
特集「共通テスト×探究」
第1回:一般選抜で大学受験するなら探究は無駄!は本当か ←今回はここ
第2回:数学で求められる読解力ってどんな力?
第3回:「正しく誘導に乗る」を体験してみよう
第4回:「教科書の内容を身に付ける」意外なメリットは
探究が必要なのは総合型選抜だけか
中学・高校で探究学習を担当している先生方がよく受ける質問のひとつに「探究って大学受験に役に立つの?」があると思います。
この質問は生徒さんよりも保護者さん、あるいは同僚の先生方から投げかけられることが多く、また、多くの場合は純粋な質問というよりも「探究なんて大学受験には必要ないでしょ?」の意味であるため、どう答えれば良いのか迷ってしまう先生方も多いのではないでしょうか。
大学入試では総合型・学校推薦型選抜の割合が高まりつつあるとはいえ、国公立大学や難関大学を中心とする学校群では一般選抜の割合が高いため「一般選抜で合格するのが王道」と考える保護者の方々や先生方も多くおられます。それだけに、「総合型選抜で探究が必要なのはわかるけど、一般選抜の生徒には不要なはず(だから探究にかける時間はムダ)」という目にさらされがちです。
でも、そんなことはないのです。今回の特集では大学入学共通テスト(以下、共通テスト)を例にとって、探究学習は一般選抜にも役立つということをお伝えしていこうと思います。
共通テストを解く鍵は「読解力」と言われるが…
「共通テスト」は、2020年まで「センター試験」と呼ばれていました。しかし学校での学びが、知識の記憶から、知識の活用へと重心が移ったことと連動して、入試で問われる内容も変わり、「共通テスト」が始まりました。
共通テストの特徴のひとつが「読解力」を求める問題の多さです。従来のように知識のみを問う問題もありますが、共通テストでは、問題文の文字数が格段に増えました。文字数の多い文章を瞬時に正しく把握し、読み解く「読解力」が正解を導く鍵となっている…という分析を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
しかし、そもそも読解力とは何なのでしょうか。「読解力」は便利な言葉ですので、こう言われるとなんとなくわかったような気になってしまうのですが、実のところどうすれば高められるのかがあまり説明されない言葉でもあります。ですから、多くの受験生や保護者さんはここで悩むことになってしまうのです。
年々増加する「会話文」
正体がわからなければ、対策の立てようがありません。ということでまずは、共通テストで求められる「読解力」の正体を探るために2023年1月実施の共通テスト(本試験)「世界史B」を見てみましょう。
問題構成は、大まかにみると次のようになっていました。
※実際の問題については大学入試センターホームページや予備校の解説サイトなどをご参照ください。
▶大問の数:5(大問内のABCなど中区分でみると「12」)
▶各問の構成
大問1 | A:会話文の形式 B:会話文の形式+資料 |
大問2 | A:会話文の形式+図(絵、家系図) B:2つの資料文の読み取り |
大問3 | A:会話文の形式+資料・図 B:会話文の形式 C:会話文の形式+資料 |
大問4 | A:会話文の形式+画像 B:会話文の形式+資料 C:3つの資料の読み取り |
大問5 | A:会話文の形式+表 B:会話文の形式+表・グラフ |
一見してわかるのが、会話文の多さです。1から5まですべての大問が「あるクラスで、世界史(または歴史)の授業が行われている」場面を切り取ったものと想定した会話文形式で出題されました。
ちなみに、2020年1月に実施された大学入試センター試験(本試験)の世界史Bの問題構成は以下のようになっていました。
▶大問の数:4(大問内のABCなど中区分でみると「12」)
▶各問の構成
大問1 | A:説明文の形式+絵 B:説明文の形式+2つの写真 C:説明文の形式 |
大問2 | A:説明文の形式 B:説明文の形式 C:説明文の形式 |
大問3 | A:説明文の形式(設問中に年表1つ) B:説明文の形式 C:説明文の形式(設問中に地図1つ) |
大問4 | A:説明文の形式 B:説明文の形式+絵 C:説明文の形式(設問中にグラフ1つ) |
2020年1月までのセンター試験では、個々の設問に先立って示されている文(通称:リード文)は、ほぼ説明文の形式となっていました。しかし、2021年1月からの共通テストでは、会話文の形式が増え、2023年1月の試験問題では資料の読み取り以外はすべて会話文の形式となったのです。
共通テストで会話文が出題される理由
会話文形式の出題があるのは世界史だけではありません。たとえば数学でも、Ⅰ・Aの大問2〔1〕〔2〕やⅡ・Bの大問2〔2〕・大問4などは、図表や会話文から「そもそもの検討目的」「必要情報」「考察の方針」などを読み取り、誘導の流れに乗る能力が問われました。
共通テストで「会話形式」を多く使用していることや「日常生活・学校生活を想定した場面設定」を多用することに対しては、好意的ではない意見もあります。その代表的なものが、文章量が非常に多くなることへの危惧です。
受験生に負担をかけるのではないか、教科の力自体を適正に測れなくなるのではないかと懸念する声は試行段階から多く聞かれました。また、「”主体的・対話的で深い学び”を推進しているからといって、”対話(会話)” 形式の出題をすればいいというものではないだろう」と揶揄する声もあります。
しかし私は、共通テストで会話文が出題されることには、大きな意義があると考えています。なぜなら、会話文での出題は異なる主張や玉石混交の情報を読み解き、整理する力を養うことにつながるからです。
■異なる主張を読み解き整理する
会話文には複数の話者がいるため、誰がどのような内容に触れているか区別して読み取る必要があります。会話文が説明文とは大きく異なるのはこの点です。現行の共通テスト「世界史B」ではこの性質を活用した問題は出題されていないようですが、令和7年度共通テストの試行問題の大問1などは、話者それぞれの考えや主張に注意を払わなければならない設問となっていますので、今後はこの「異なる主張を読み解き、整理する力」を意識した出題が増える可能性があると考えられます。
■玉石混交の情報を読み解き整理する
会話文を自然な内容とするためには、自然と文章は長くなります。その中には問題を解くためには必要でない情報も含まれるでしょう。説明文形式の出題には「無駄な情報」は存在しませんが、会話文には存在する。そのどちらが実社会に近いかは言うまでもないでしょう。
まして現在はインターネット上に玉石混交の情報があふれる時代です。そして、人工知能(AI)を使ったチャットボット「Chat GPT」の登場により今後は玉石も正誤も入り混じった情報が爆発的に増えていくことでしょう。そうした社会の中で生きていくためには、これまで以上に「玉石混交の情報を読み解き整理する」力が必要になります。
以上の2点から私は、共通テストで会話文が出題される意義は大きいと考えていますし、共通テストで求められる「読解力」の大部分は、「異なる主張や玉石混交の情報を読み解き、整理する力」と言いかえることができると見ています。
探究学習で「読解力」が高まる理由
それでは、「異なる主張や玉石混交の情報を読み解き、整理する力」と探究学習にはどのような関係があるのでしょうか。
学習指導要領では「探究のプロセス」を【課題の設定】【情報の収集】【整理・分析】【まとめ・表現】の4つに分けて説明しています。
①課題の設定
体験活動などを通して、課題を設定し課題意識をもつ
②情報の収集
必要な情報を取り出したり収集したりする
③整理・分析
収集した情報を、整理したり分析したりして思考する
④まとめ・表現
気付きや発見、自分の考えなどをまとめ、判断し、表現する
「異なる主張や玉石混交の情報を読み解き、整理する力」は、これら「探究のプロセス」のうち②と③そのものです。
先に例として挙げた2023年1月実施 共通テスト(本試験)「世界史B」であれば、
会話文や図・グラフ・資料の「テーマ(いつ・どこ・どんな)」に注目する【課題の設定】
→ 会話文や図・グラフ・資料の中にある「キーワード・ポイント」を取り出す【情報の収集】
→ 取り出したキーワード・ポイントをもとに全体の特徴を明確にする 【整理・分析】
→ ここまでの考察を選択肢と組み合わせ、「ゴール」としての正解を導く 【まとめ・表現】
という手順を踏んでいくことで、正解を導きやすくなります。
今回のコラムでは、共通テストで求められる「読解力」の大部分を「異なる主張や玉石混交の情報を読み解き、整理する力」と言いかえることができるとし、その力と「探究のプロセス」の共通点について述べてきました。
次回、特集「共通テスト×探究」第2回では、共通テストで求められる「読解力」を、別な角度から採り上げて説明していきます。
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