探究学習が本格化したことで、先生方には、フィードバックを求められる機会が一気に増えました。そして、大学入試に総合型選抜の占める割合が大きくなった結果、小論文の添削やフィードバックの機会が増えている先生方も多いのではないでしょうか。
生徒さんのやる気を引き出し、改善に向けて具体的な一歩を踏み出せるようにうながすフィードバックってどんなふうにすればいい?タイミングは?方法は?忙しい業務の合間にもできる?などのお悩みをお持ちの先生方にお役立ていただくため、さまざまな角度からフィードバックについて考えていく連載をスタートします。
連載:フィードバックを考える
第1回:小論文の添削、どうしてますか? ←今回はここ
目次
はじめに
適切なフィードバックを、適切なタイミングで返す――それが理想的だということはわかっているけど、「適切な」フィードバックとはどんなものか、どうすれば「効果的」になるのかについて突き詰めて考える時間をとることは難しいですよね。
そもそも丁寧なフィードバックをしている時間がない…というお悩みを抱えておられる先生 方も多いかもしれませんし、探究評価の「成功事例」を目にすることはあっても、それが自 校の実態に合っていない場合は取り入れにくいのであまり参考にならない…とのお悩みもあるかもしれません。
そこで、まだ「探究」という言葉が一般的ではなかった頃から自修館中等教育学校教諭としてその導入と実践に取り組み、その後もさまざまな学校で探究教育を続けてきた斉藤健先生 に、ご自身が実践してきた探究評価とフィードバックの方法について、ここから数回にわけてお話をうかがっていきます。
実践し、振り返り、課題を見つけては次の年に改善を試みるという、まさしく「探究」を重ねてきたフィードバックの事例をご覧いただくとともに、その背景にある考え方もお聞きし、今後の探究指導に生かしていただけるヒントを探していきます。
3段階の変遷を遂げたフィードバック
――先生はご自分の小論文のフィードバック・評価の特徴はどこにあるとお考えですか?
斉藤健先生(以下、斉藤):
特徴などと表現するのは恐れ多いですね。でも、これまで20年ほど教員をしていますが、その中で小論文のフィードバック・評価の形は大きく分けると3段階の変遷をとげてきたと思っています。
――三段階ですか。それぞれどんなものか簡単に教えてもらえますか?
斉藤:
子どもの発達段階の「イヤイヤ期」みたいに表現してみると、初期から順に「とにかくコメント書き込み期」「フォーマットこだわり期」「ネクストアクション大切期」となりますね。フィードバック・評価には、主に文章を用いた定性的なものと、数値やランクを用いた定量的なものがあります。第1段階の「とにかくコメント書き込み期」は、かなり定性側に寄ったもので、第2段階の「フォーマットこだわり期」は逆にかなり定量側に寄ったものでした。その2つの段階の試行錯誤を経て、定性と定量のバランスを考えたのが第3段階の「ネクストアクション大切期」で、現在はこの段階のフィードバック・評価に落ち着いています。
第1段階「とにかくコメント書き込み期」
「コメントの量」に頼らざるを得なかった
――それでは具体的にどのようなフィードバック・評価だったのか、第1段階「とにかくコメント書き込み期」から教えていただけますか?
斉藤:
最初の頃は、生徒から受け取った小論文にコメントをたくさんすることが、フィードバック・評価として良いものであると思っていました。
ただ、そこには教員になりたてで自分の小論文指導に関して全く自信がなかったということも大きく関係していたように思います。おそらく自分の「コメントの質」は、ベテランの先生方に比べると足元に及ばないことは自覚していたので、とにかく手間と時間をかけて頑張ってコメントをつけているから、それで質の問題について多少は目をつぶってもらえるのではないかという後ろ向きな思いがあった気がしますね。
まあ、今振り返るととても恥ずかしいですし、情けないのですが、小論文指導スキルは一朝一夕で身につくものではないことは分かっていたので、苦肉の策で「コメントの量」に頼らざるを得なかったと感じています。
――実際、どれくらいの量のコメントをつけておられたのですか?
斉藤:
これからお見せするのは、私が実際にコメントしたものです。時期としては2010年くらいだったと思います。
――かなりたくさん書き込んでありますね。しかも生徒さんの書いた文章に対するコメントだけではなく、解説のポイントを図示していて丁寧ですが、これはコメントするのにかなり時間がかかったのではないですか?
斉藤:
そうですね。私は公民が専門なので、問題を読み解く上で多少のアドバンテージはありましたが、それでもポイントを分かりやすくまとめるために時間がかかったのは事実ですね。ただ、13年以上も前のことなので、実際にどれくらい時間がかかったかはちょっと覚えていません。しかしこの年度に小論文指導をしていた生徒は2~3名ほどだったので、個別の指導に時間をかけることができていたと思います。
この形のままでは長続きしないとは思っていた
――2~3名の指導だったということですが、もし10名以上を担当していたとしたら、同じような形での指導は可能だったと思いますか?
斉藤:
問題分析に関わるポイントの図示は人数が多くても、一つベースとなるプリントを作れば、それをコピーすれば対応可能だと思います。しかし、生徒が書いた文章に対するコメントは、個々の生徒が書いてくれた文章を踏まえてコメントすることになるので、人数が多くなればその分だけ時間がかかりますね。
ニュースなどで教員の労働時間や残業時間が話題になることがありますが、当時はかなり遅くまで残ってこういったコメント作成などをしていましたね。ただ、当時はまだ若かったこともあって、校務分掌などで負っていた責任も少なかったから成り立っていた気がします。ワークライフバランスの観点から考えると、健全とは言えませんが…。
――それがフィードバック・評価が変わった要因ですか?
斉藤:
この形のままでは長続きしないとは思っていました。そしてその頃、勤務する学校が変わったことも大きいですね。それまではマイナーチェンジでだましだまし続けてきたのですが、新しい職場になり、心機一転という感じで方法を根本的に見直してみようと思えたのも事実です。さらに次の勤務校は指定校推薦の枠が多く、志望理由書や小論文の指導が必要な生徒がかなりいました。そのため、大人数でも対応可能な形を考える必要がありました。
第2段階「フォーマットこだわり期」
6つの観点で小論文を評価、説明は簡略化
――次の段階は「フォーマットこだわり期」ということですが、第1段階との大きな違いは何ですか?
斉藤:
生徒が書いてきた文章に直接コメントするのではなく、フィードバック・評価のフォーマットを作り、それに色々と書き込んで返却する形にしたというのが大きな違いです。
まずは現物をお見せした方がいいですよね。こちらをご覧ください。これは2012年頃に使っていたものです。
――とても参考になります。まずはこのフォーマットについて説明をお願いできますか?
斉藤:
小論文を、以下の6つの観点で評価する形にしています。この6つの観点は、2009年の冬に参加させていただいた駿台教育研究所の教育研究セミナー「小論文」で拝見した採点基準を踏襲しています。駿台のものはもっと精密ですが、それぞれの観点のイメージを強調するような形にして、説明はかなり簡略化しています。
形式・ルール | 表記、表現、原稿用紙の使い方 |
資料の要点把握 | 資料の抽出による争点の明確化 資料の整理・検討 |
設問課題との照応 | 明確かつ妥当な自己の結論文 |
首尾一貫性 | 論理矛盾、飛躍がない |
説得性 | 妥当な論拠と的確な具体性 |
特別枠 | 例:志望学部系統にふさわしい論点 |
6つの観点を量・質・前提の3つの評価軸に振り分け
――6つの観点について詳しく説明していただけますか?
斉藤:
6つの観点自体はさきほどお話したように、駿台の小論文の採点基準に基づいていますが、観点それぞれが持っている意味を、自分なりに解釈しながら利用していました。そして6つの観点は「3つ」の大きな評価軸に振り分けられると考えています。その3つというのは「量に関するもの」、「質に関するもの」、そして「前提に関するもの」です。ここでいう「質」というのは小論文として書いた内容を指します。
小論文のフィードバック・評価の中心になるのは、やはり書いた内容そのものですから、ここを細かく分けておく必要があると思います。それが6つの観点の中の「資料の要点把握」「設問課題との照応」「首尾一貫性」「説得性」の4つです。
そして残り2つの観点のうち「形式・ルール」は「量に関するもの」に対応しています。形式・ルールに則って文章が書けているかどうかというのは、内容という「質」とは異なる評価軸だと思います。
最後に「特別枠」の観点は「前提に関するもの」に対応しています。この特別枠は、基本的に志望学部系統にふさわしい論点になっているかという形で設定していました。
――特別枠についてもう少し説明してもらえますか?
斉藤:
たとえば「脳死と臓器移植の関係」について書く小論文があったとします。この問題が文学部で出題された場合と、法学部で出題された場合を比べたとき、採点基準は変わってくると考えています。
文学部は人間性や人間心理などについて学びを深める学部です。すると脳死と臓器移植の問題については、「生命の尊さ」などを意識する学生の方が文学部のアドミッションポリシーに合致する可能性が高いと思います。これに対して法学部のアドミッションポリシーの場合、「生命の尊さ」について熱く書かれた文章はそれと合致しない可能性が出てきます。なぜなら法学部は法律や社会制度、個と集団との関わりなどについて学びを深める学部だからです。
このように、実際に書かれた小論文を「質(内容)」や「量(形式・ルール)」で評価する以前に、その小論文を出題している学部との相性はどうなのかという評価軸も必要なので、これを「前提に関するもの」としています。
――なぜ「質に関するもの」は「資料の要点把握」「設問課題との照応」「首尾一貫性」「説得性」の4つなのでしょうか?
斉藤:
これは探究学習の企画・運営に携わってきたことが大きく影響している私見になりますが、4つの観点はそれぞれ探究の4つのプロセスと繋がっていると考えています。
探究の4つのプロセスというのは「課題の設定」「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」です。そして「設問課題との照応」の観点は、小論文で書く文章の方向性に関わるものなので、「課題の設定」が対応しています。次に「資料の要点把握」の観点は、資料が持っているメッセージを明らかにするため、資料の中から必要な情報を適切に取り出せるかどうかが関わっているので、「情報の収集」が対応しています。さらに「首尾一貫性」の観点は、資料から取り出した情報を比較したり、組み合わせたりしながら自身の主張を展開させていくので、「整理・分析」が対応しています。最後に「説得性」の観点は、読み手に伝わる文章の示し方ができているかに関わっているので、「まとめ・表現」が対応しています。
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