「今さら聞けない」「今だからこそ聞きたい」探究をめぐる素朴な疑問のあれこれに一つひとつ向き合っていく連載、今回の特集は、ホームルーム(HR)に探究が活用できる!というお話をしていきます。
特集「ホームルーム×探究」
第1回:生徒主体の合意形成を実現する鍵は? ←今回はここ
第2回:(準備中)
目次
HRでの合意形成は悩みの種
ホームルームの時間に関する先生がたの悩みはさまざまありますが、なかでも大きいのは、話し合いの進め方や合意形成のあり方ではないでしょうか。
生徒さんたちの「自治」に任せたいと思っても、
- ホームルームでの話し合いが活発にならない
- 話し合いによる合意形成がうまくいかず、じゃんけんや多数決で結論を出しがち
などの状態になった結果、ついつい口をはさんでしまう…といったご経験をお持ちの先生方もおられるかもしれません。
ノリと雰囲気、多数決はなぜ問題か
立教大学 経営学部の中原淳教授は、ご自身のブログの中で、学生さんたちがいかに話し合いが苦手であるかに気づいて驚いた、と書いておられます。
そして、学生さんたちの話し合いにありがちな現象を次のように分類・解説しておられます(注1)。
いいねいいね症候群
話し合いを放棄して、すぐにノリと雰囲気で「いいね、いいね」を連発して、ちゃっちゃっと決める。しかし、まったく心から検討していないので、困難にぶち当たると、すぐに頓挫する。
すぐに多数決病
「民主的な話し合い」=「多数決」と考え、議論が円熟していないのに、すぐに「多数決」に持ち込む。しかし、議論を尽くしていないので、安易な結論しか得られない。すぐにあとになって頓挫する。
秘技・蒸し返し症候群
いったん決まったことを「すぐに蒸し返して」、いつまでたっても、物事が決まらない。自分の意見がとおらないことは、負けたことと考えてしまう。
わたしは知らんもんね病
自分の提案に沿わない意思決定がなされた場合には、「わたしは知らない」と放棄したりする。
ここで特に注目したいのは前半の2つ、「いいねいいね症候群」と「すぐに多数決病」です。困難に出会うとすぐに頓挫してしまったり、無関心な生徒を生み出してしまったりといった現象の背景には、十分な話し合いや検討ができていないことがあるのです。
新学習指導要領も「話合い」を重視
学級運営においては、話し合いは不可欠です。
そして、新学習指導要領でも「話合い*活動」が重要とされています。
*学習指導要領の表記にしたがって「話合い」としています。
以下の資料をご覧ください(注2)。
新学習指導要領におけるホームルーム活動、生徒会活動、学校行事では、「『問題の発見・確認』、『解決方法の話合い』、『解決方法の決定』、『決めたことの実践』、『振り返り』この活動のプロセスを生徒が実感できるような指導を大事にしたいものです。それには…ホームルーム活動における『話合い活動』の充実が求められます」とあります。
これからますます重視されるようになる、ホームルームでの「話合い」――特に「合意形成を主とする内容」をどうすれば生徒さんの成長に役立つものとできるか。
この難問を解くカギが、実は、探究学習の中にあるのです。
合意形成に役立つ探究学習の手法
情報を正しく集め、検討する姿勢
たとえば、ロングホームルーム(LHR)でのこんなシーンを思い描いてみてください。
あるクラスで、来週のLHRの時間をどのように使うか話し合いが行われていました。
アイデアがある人が次々に挙手をし、やりたいことが黒板に書き出されていきます。
サッカー、ドッジボール、鬼ごっこ、フルーツバスケットなど、定番のものがあがる中、ある生徒が「カバディ」と発言しました。
ほとんどの生徒は「カバディ」を知らなかったので、皆の関心が集まりました。
発言した生徒が「インドの鬼ごっこみたいなもの」と周囲に話すと、その響きの物珍しさから「面白そうだからカバディにしようかな」という雰囲気が広がっていきました。
どうやら、ノリと雰囲気で物事が決まる「いいねいいね症候群」が出ているようです。
そこからすぐに多数決となってしまえば、「困難にぶち当たると、すぐに頓挫する」可能性も高まります。
でも、探究学習で培ったスキルがあれば、こんなふうに流れを変えることができます。
・・・その響きの物珍しさから「面白そうだからカバディにしようかな」という雰囲気が広がっていきました。
そのあとすぐに多数決という流れになりそうでしたが、ある生徒が、探究のプロセスを思い出し、「それぞれのアイデアのルールなども確認してから決めた方がいいのでは?」と発言しました。
そこで、それぞれのアイデアについてクラス全体にプレゼンすることになりました。
「カバディ」の番になると、提案した生徒は実はルールをよく分かっていなかったため、スマホでルールを調べて説明をしました。するとルールが意外に複雑だったり、想像以上に激しそうな競技だったりすることが明らかになりました。
すべてのアイデアの説明が終わり、多数決となりました。
結局カバディはそれほど票を集めることはなく、フルーツバスケットに決まりました。
最初は、物珍しさからカバディを推す流れがありましたが、情報を正しく集め、それを元に検討することによって、曖昧な印象だけを材料に勢いで物事を決めてしまうことを避けることができたわけです。
探究学習では、自分が主張したい内容に説得力を持たせるため、様々な情報を集め、そこから根拠を探し出します(【情報の収集】。詳しくは注3をご参照ください)。
この経験は、集団でものごとを決める際にも役立てることができます。
また、探究学習の【まとめ・表現】では、他者に分かりやすく伝えるためにどうすればいいか説明の工夫を経験します。その経験はクラスの話し合いでも活かすことができるのです。
探究学習のテクニックも役立つ
探究学習では、「課題の設定」「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」の各段階で、さまざまな手法(テクニック、技術)を活用します。これらを身に付けることは、生徒さんたちの話合いをより有意義なものとすることに役立ちます。
たとえば、LHRで次のような場面があったとします。
あるクラスのHRでは、校内合唱コンクールでどんな歌を歌うかについて話し合いが行われていました。
多数決で上位となったのは「聞こえる」「流浪の民」「信じる」の3曲でした。
じゃあ、この3曲で決選投票をしよう!という流れになりそうでしたが…
合唱コンクールの曲や文化祭の出し物を決めるなどは、LHRで必ずといってよいほどある場面ですね。曲を決める方法は多数決になることが多く、投票理由は「この曲が好きだから」「なんとなく」などになりがちですが、探究学習のテクニックを使えば、こんなことができます。
しかし昨年度、学年賞をとったクラスの生徒数名から、「これから何カ月も練習するものだから、歌の中身や特徴を確認しよう」という声が上がりました。
そこで、楽譜を見ながら3曲の内容を確認し、意見を集めると次のようになりました。
聞こえる
繰り返しが少ないので、最後まで楽しく歌えそう。
しかし仕上げに時間がかかるのではないか?
流浪の民
ソロパートがあって聴きごたえがある。
しかしソロの負担が大きいのではないか?
信じる
繰り返しが多く、練習を重ねていけば質を向上させやすい。
しかし単調になるのではないか?
次が、探究テクニックの出番です。
この意見をもとに、探究テクニックのひとつである「マトリクス」を使って考えることにしました。
具体的には、「練習のしやすさ」と「曲の面白さ」という2軸を用いて、3曲を比べました。
最終的に、歌が得意な人もいれば苦手な人もいるので、仕上がりに時間がかかったときに言い争いになり、雰囲気が悪くなるのは避けたいという意見が出てきました。
そして繰り返し練習できる歌の方がいいという流れが生まれ、決選投票で「信じる」に決まりました。
いかがでしょうか。
ここまで話し合うことができれば、生徒さんたちの満足度や納得の度合いも高まり、合唱コンクールの練習にも熱心に取り組んでくれそうな気がしてきますね!
今回挙げた2つの事例では、行われている説明は個人レベルで見ると【まとめ・表現】なのですが、集団レベルで見ると、それぞれの意見を議論のテーブルにあげるための【情報の収集】という役割を持っています。
その上で、意見の共通点や一致点の模索が行われていました。ここには【整理・分析】の経験が活かされています。
そのような意見の調整や組み合わせを経て、最終的に採決が行われ「合意形成」が行われました。
もし、個人的な思い、雰囲気、ノリだけですぐに採決が行われていたならば、決め方に不満を持ったまま結論が出されていたと思います。
このように、探究学習での経験や身に付けたテクニックをホームルーム等での話合い活動に生かすことは、理性的な合意形成を実現する鍵となるのです。
注記と参考資料
- (注1)出典:「『民主的な話しあい』をむしばむ『いいね・いいね症候群』と『すぐに多数決病』にはご注意を!」2023年3月12日確認
- (注2)出典:文部科学省 国立教育政策研究所教育課程研究センター「学校文化を創る特別活動(高校編) ホームルーム活動のすすめ」平成30年8月
- (注3)学習指導要領では「探究のプロセス」を【課題の設定】【情報の収集】【整理・分析】【まとめ・表現】の4つに分けて説明しています。
①課題の設定
体験活動などを通して、課題を設定し課題意識をもつ
②情報の収集
必要な情報を取り出したり収集したりする
③整理・分析
収集した情報を、整理したり分析したりして思考する
④まとめ・表現
気付きや発見、自分の考えなどをまとめ、判断し、表現する
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